2012年05月09日
2ヶ月で12キロも痩せちゃった
信じられないだろうがこの2ヶ月間で12キロも体重が落ちてしまった。その原因を突き詰めてしまうと料理人との人間不信に陥りストレスから食が落ちてしまったのである。以前ヘルニアで通院していた整形外科のドクターが「上原さん体重を落とさない限りこの病気は治らないよ。体重を減らすのは何が一番いいのかわかりますか?ウォーキングしても落ちないですよ、飯を食べないのが一番いいのです」この医者何をほざくのかとそのとき思ったのですが、これを実体験してかのドクターの言葉に嘘偽りのないことを自ら証明して見せたのである。そして、これも信じられないと思うでしょうが現在では10日前から一日一食の生活をしている。ちょうどそのときに紙上にて「空腹が人を健康にする」?との本を目にし自らそのことに確証を得ていたので早速書店へ直行この本を購入し読破。いやいや久しぶりに感動感銘を受け今それを実行中であります。その日からはらわたの脂肪をペンチのごとく挟み込みこの脂がいつ消えてしまうのか、毎日楽しみの日々を送っている。人間不信から食が細くなり、神様からのお告げでかの本と出合い健康に、おそらくなるであろうが人間の出会いっていうものは不思議なものである。このおかげで降圧剤の薬も止め健康にいいと世間で言われているサプリメントも口にすることはなくなった。2ヶ月ぶりに会うできの悪い悪友達は「おまえガンじゃないのか」と不審がられる始末。ちなみに以前86キロあった体重は74キロまで落ち一日一食してから未だヘルスメーターに乗ったことなし。一日一食がいつまで続くのか解らないだろうがこの苦痛を日々楽しんでいます。
2012年05月02日
原発の裏の裏を考える NO-3
私たち国民には「知る権利がある」にもかかわらずこの国の中枢の連中ときたら完全に国民をないがしろにする。果たしてそれが「自立した国家」といえるのか。はなはだ摩訶不思議。沖縄の基地問題にしても、原発の問題にしても米国にばかり尻尾を振っているように感じられる。前回に書いたように政府が原発の再稼動を急いでいるのは「核兵器の開発が目的」それが事実なら全てが納得いく。米国の今のところの脅威は中国であり中国が「経済的、軍事的超大国」になるのは誰の目にも疑うことがない。おそらく米国政府にすれば今のうちに中国のパワーを削いでおかなければならないだろう。そのための防波堤がこの日本である。「日米安保条約」なるいかがわしい条文を用いて日本国を足かせにしているのである。日本が核を持ったならば、「いやーすでに持っているかもしれない」中国への威圧となろう。しかし、それがどのような終末をもたらすか言わずもがななのだが。私たち日本人は広島、長崎ふたつの原子爆弾で大戦を終え、もしそれがなければ「1億国民総玉砕」も辞さないと言った馬鹿な軍人もいたというから驚き、というよりあほくさー。今回の「大飯原発再稼動」により何かしらの事故が起きない限りこの国の首脳達は目が覚めないのだろうか。しかし、そのときには「すでに時遅し、日本沈没」であろうに。またもや暗い話になってしまった。先日もブログを見たお客さんから「上原さんのブログ暗いよう」と言われたばかりだというのに。「この国に光が見出せないからこのような文面になってしまう」と言い訳させてください。
2012年04月24日
原発の裏の裏を考える NO-2
民主党が野党時代にあれほど「原発」に反対しながら何故今になって「原発再稼動」にこだわるのかその意図するものが全く見えない。それほどまでに官僚達組織のパワーが強大なのだろうか、この国を本当に動かしている力とはナンなのだろうか?誰達なんだろうか?この国は絶対に民主的国家でないことはこの問題で浮き彫りになったと思う。あの仙石元幹事長さえ「今、全ての原発を停止することは集団自殺するものだ」と言い放った。ぼくらは原発を稼動させることが「集団自殺」へ向かっていると確信するのだが。今の政権とぼくらの考え方にこうも乖離があると、この裏に何かがあるとしか考えられない。とぼくは先日まで疑問に思っていたとき何かの特番で「野党も与党の政治かも今原発を全て止めることは、この日本では核兵器が製造できなくなる。それを皆恐れている」とジャーナリストが公言した。.これで全てがくもの糸を手繰り寄せるように明快な答えが見えたような気がした。「核兵器か?」確かものの本によると「原発の施設がないと核兵器は製造できない」と書いてあった。「核兵器は核の抑止力となる」というのだがはたしてそうだろうか?民主党が恐れおののくその力はアメリカ政府か。彼らの地政学的利用のために1億3千名の日本人の魂が失われようとする。それでいいのだろうか。私たちは本当のことが知りたい「何故、今大飯原発の再稼動」に政府が執着することを。福島の問題も解決せぬままに。
2012年04月16日
消費税を上げる前に NO-3
しばらくブログを書く気が起こらず「気」がどこかへ飛んで行ってしまった。その原因は今ここで書くことはできないがお店が落ち着いたらこれも書かねばならない。まさに居酒屋は「人間交差点」である。いろんな人がいていろんな問題が次から次へと湧き出してくる。そして、昨日生まれた訓辞が「去るものは追わず次なる出会いが君を待っている」である。さて、「消費税を上げる前に」の問題よりも大きな問題が出てきた。「大飯原発の再稼動」である。相変わらず民主党の首脳陣は二転三転を繰り返すばかり、何故に今早急にこの原発を再稼動しなければならないのか、この意図が見えてこない。ただ繰り返すのは「この夏の電力不足が日本の経済に与える影響を考慮する」国民は昨年夏も同じことを言われながらも省エネ対策でこの難問を解決したことを彼らはどう捉えているのだろうか。政府の意図することがまったく見えないのがこの国の政治のおかしいところ摩訶不思議なところである。ある電力専門の学者は「原発がなくても今の石油、石炭の化石燃料を利用した電力で十分この国の電力はまかないきれる」といいきる。しかし、私たち国民にはどれが正しいのか解らないが絶対的に言い切ることができるのは「経済、産業の発展」よりも「日本の国民が未来永劫この国で健康的に暮らしていけるほうを選択すること」を為政者達は理解できないのだろうか。日本国民なくして何が日本国なのだろうか、未だに「福島原発の問題」も解決できないで何をバカなことをのた打ち回るのか。今日のタイトルを「原発の裏の裏を考える」に書き直して明日に続きます。
2012年04月03日
消費税を上げる前に NO-2
閑話休題
4~5日前の新聞の投稿欄に東北から沖縄に避難してきた小6年生から沖縄県民に当てた感謝の記事を目にした。いつものことだが切抜きをしておかねばならないと思いつつもつい忘れ今日トイレの棚を探すとすでにその新聞がなし。かんからのスタッフが持ち帰ったのだろう。貴重な新聞を私たちは皆でまわし読みをしている。記憶もあいまいながらもその記事を皆に報告しなければならない。「消費税を上げる前に」の前のブログで「福島からのお客様」で書いたことだが「放射能がうつるから」と福島県の子供達は「福島出身」を隠しながら沖縄で生活していると耳にし、ぼくは「沖縄の子供達は絶対にそんなことはしない」と彼に反論した。そのことをこの小6の子供が証明してくれた。沖縄の同級生達が彼を大切にし、4月に父親の仕事で福岡県に転校しなければならなくなり沖縄の友達と別れなければならなくなった悲しみを細かに書いていた。最近妙に涙腺が弱くなったぼくには涙流さず読めるものでなかった。彼らの永遠の友情と未来にかすかな日本の光を見出し、大人になってもこの美しい「おもいやり」を大切に持ってもらいたいと切に願うだけ。最後の文面で「沖縄はぼくの第二のふるさとです。必ず戻ってきます」で締めくくってくれ、うちなーんちゅうとして君に感謝したい。そして、彼を愛情いっぱいで今日まで支えてくれたうちなーのわらばー達にも感謝したい。久方ぶりにあったかいいい気持ちになれました。
4~5日前の新聞の投稿欄に東北から沖縄に避難してきた小6年生から沖縄県民に当てた感謝の記事を目にした。いつものことだが切抜きをしておかねばならないと思いつつもつい忘れ今日トイレの棚を探すとすでにその新聞がなし。かんからのスタッフが持ち帰ったのだろう。貴重な新聞を私たちは皆でまわし読みをしている。記憶もあいまいながらもその記事を皆に報告しなければならない。「消費税を上げる前に」の前のブログで「福島からのお客様」で書いたことだが「放射能がうつるから」と福島県の子供達は「福島出身」を隠しながら沖縄で生活していると耳にし、ぼくは「沖縄の子供達は絶対にそんなことはしない」と彼に反論した。そのことをこの小6の子供が証明してくれた。沖縄の同級生達が彼を大切にし、4月に父親の仕事で福岡県に転校しなければならなくなり沖縄の友達と別れなければならなくなった悲しみを細かに書いていた。最近妙に涙腺が弱くなったぼくには涙流さず読めるものでなかった。彼らの永遠の友情と未来にかすかな日本の光を見出し、大人になってもこの美しい「おもいやり」を大切に持ってもらいたいと切に願うだけ。最後の文面で「沖縄はぼくの第二のふるさとです。必ず戻ってきます」で締めくくってくれ、うちなーんちゅうとして君に感謝したい。そして、彼を愛情いっぱいで今日まで支えてくれたうちなーのわらばー達にも感謝したい。久方ぶりにあったかいいい気持ちになれました。
2012年03月28日
消費税を上げる前に
今国会で民主党の党首が「消費税増税法案に政治生命をかける、命をかける」と軽はずみな発言と暴言で国民に消費増税に理解を示してもらいたいことをこのような言葉でもって説得しようとする。今まで何度、イヤー何百回とこの国の代表者に同じ言葉を私たち国民は浴びせかけられたことか。国民を愚弄するにもほどがある。そして、命をかけた総理が誰一人いないことも我々は知っている。以前にも書いたことだがその前にやるべきことが山ほどあるだろうに。まず自分らの既得権益を切ること。過剰な議員が無能な国会議員を輩出し無策を次から次へと生んでいく。参議院議員の廃止。彼らが何のために存在しているのか、これを私たち国民が納得、理解できるように説得できる官僚がいるだろうか。彼らの存在が官僚達の既得権益の隠れ蓑になっていることも明白である。つまり持ちつ持たれつの馴れ合いの構図である。無能な政治家が多ければ多いほど彼らにとっては好都合なのである。しかし誰一人としてこの仕組みに口をはさむ為政者はいない。大阪維新の会代表者以外は。彼らの高給と高待遇が全て我々の税金でまかなわれているのかと思うと腹が立って腹が立って。もし参議院議員を廃止し衆議院議員を半分にすれば彼らの給与を倍にしても良かろうと思う。秘書も増やして良かろうと思う。沖縄から8人の衆参議員がいることが異常とぼくは思う。たった120万の県民からして雨後のたけのこは明白であろうに。100万県民から一人でよかろう。そうすれば沖縄代表として優秀な人財を自信と誇りを持って選出できように。明日に続きます。
2012年03月24日
福島市からのお客様
昨日福島市からのお客様が3人御来店されました。今日本中で一番過酷な生活を強いられている県民であり一番日本人を信頼できない県民であるとぼくなりに彼らに理解を示している。彼らが沖縄に来た目的は原発の事故により沖縄に移住してきた福島県民の「意識調査」であるという。驚いたのはリストに載っている沖縄に移住してきた福島県民は900人以上といわれているが実際には1200人以上おられるという。この誤差300人は「福島出身」をひたすら隠しているという。イヤー隠さなければならなかったのだろう。ぼくは愕然とした「沖縄人」が「福島人」を本土と同じように「風評被害」で差別などしないと信じていたからである。ところが現実には沖縄人にもバカは居るものである。福島出身の子供達が「原発がうつるから」とつまはじきにされているという。何たることぞ、何たる無知を大人たちは子供達の世界にまで植えつけてしまったことか。あまりのバカさかげんに言葉を失う。しかし、福島県民にすればそれが現実で今の「日本社会」なのだろう。25日の日曜日におもろまちの「IT創造館」で13時からその集まりがあるという。彼らが危惧するのは何人の「福島出身者」が来て貰えるからしい。かなり真剣に悩んでいたから彼らの「問題、悩み」はぼくらの想像をはるかに超えたものだと思う。世に言う「想像を絶する世界」で彼らは生きているのである。ただ救いなのは彼らの笑顔が本物の笑みだったことである。そして、帰り際に「何とかないさ、一生懸命生きれば後は何とかないさ」をお互い確認しあって別れたことである。今日もご来店くださるというのだが・・
2012年03月15日
住まわせていただいている土地はきれいにしよう No-3
10年ぶりに、いやーかんからを開店して初めての大掃除。芥ゴミくずを撤去し伸び放題になった木々を伐採する。そしたら信じられないくらいに明るくなった。太陽の光がかなり刺し込むことに正直愕然とした。そこにロープを引き布団干し場にする。ぼくら家族は週末や忙しい日にはお店に泊まりこむことがかなりある。そのために寝具類を常備しているのだがこれを干す場所を探していた。(かんからは東側に崖地を要しているので陽が刺し込む場所が少ないのである。)最悪なことに未だ子供達が小さく寝小便をするのが多々あるので寝具類が臭くて臭くて往生していた。やっとこの悩みも解決することができた。3階の庭の伸び放題になった木々も刈り取ることにした。ここにも陽が刺しシーサーみかんの木々が光りだしてきた。昨日の休みも今までに沸くことのなかったアイデアが突然に閃き3階の塗料のはがれたテーブルと椅子、1階奥のカウンターの塗料の塗り替えを終えたのである。そして、明日もやらねばならないことが見えてきた。もしも料理長の一声が無ければ未だ裏庭はゴミ駄目状態のまま暗く風も通ることの無い光も刺さない澱んだ敷地になっていたことだろう。その結果サービス業の本命である「お客様」の足も遠のいてしまったのではないかと思っている。怠慢と過信がこの仕事(いかなる商売にも通じることだが。)の未来を決定的なものにしてしまう。それに気づくか気づかないのか恐ろしいことである。最後にかんからは4月から年中無休を再開します。9ヶ月ぶりの再開です。3・11を期に日本中が冷え込んでしまいましたが皆で国をあてにすることなく明るく前向きでチバッテ行くしかないと思います。頑張ろう日本人。
2012年03月09日
住まわせていただいている土地はきれいにしよう N0-2
閑話休題
今日は朝から雨が降り続き「歩け歩け」ができないからブログを書くことにした。最近「心神喪失」の状態から脱却しー政治、経済の低迷による景気の悪化から皆が厳しい経営を強いられているとおもいます。例外なくかんからも1月、2月の売り上げを見るとため息の連続である。そのために軽度のうつ状態に陥ってしまった。-晴れた日には、「歩け歩け」、それから最近刈りとった木々の片ずけ(今回のタイトルと関連します)を行いその後は毎日予定された作業を行う。つまり健康的なペースにまい戻れたのである。
前回の前書きが長くなってすみません。しかし、前文を書かなければ今から書くことが理解できないのではとぼくなりの「気配り」からなのです。後日かなり悔やんでしまいました。さて本題へ。かんからの厨房の裏手にはかなりの空いたスペースがある。5坪くらいはあるだろうか、これは料理人のためのシャーワー室とトイレ。そして、現在3階にある冷蔵庫をここに戻すための計画をお店が完成したと同時に構想を練っていた。といえばかっこいいのだが単なる設計ミス。しかし、このミスをミスで終わらせないのがぼくの真骨頂。その上の2階にはバーべキューコーナーを造り、それが完成すればより魅力的な居酒屋になると信じている。しかし、この計画は「東日本大震災」後の経済の冷え込み(無能な政治家達によりと書かねばならないでしょう)により長期延期の状態である。この空地が10年間ゴミ駄目状態に放置されていた。それを見かねた料理長から一言「ぼくが片付けましょうか?」彼の声で一念発起しこのゴミ駄目を片付けることにした。確かに住まわせていただいている敷地はきれいにしなければならない。次回に続く。
今日は朝から雨が降り続き「歩け歩け」ができないからブログを書くことにした。最近「心神喪失」の状態から脱却しー政治、経済の低迷による景気の悪化から皆が厳しい経営を強いられているとおもいます。例外なくかんからも1月、2月の売り上げを見るとため息の連続である。そのために軽度のうつ状態に陥ってしまった。-晴れた日には、「歩け歩け」、それから最近刈りとった木々の片ずけ(今回のタイトルと関連します)を行いその後は毎日予定された作業を行う。つまり健康的なペースにまい戻れたのである。
前回の前書きが長くなってすみません。しかし、前文を書かなければ今から書くことが理解できないのではとぼくなりの「気配り」からなのです。後日かなり悔やんでしまいました。さて本題へ。かんからの厨房の裏手にはかなりの空いたスペースがある。5坪くらいはあるだろうか、これは料理人のためのシャーワー室とトイレ。そして、現在3階にある冷蔵庫をここに戻すための計画をお店が完成したと同時に構想を練っていた。といえばかっこいいのだが単なる設計ミス。しかし、このミスをミスで終わらせないのがぼくの真骨頂。その上の2階にはバーべキューコーナーを造り、それが完成すればより魅力的な居酒屋になると信じている。しかし、この計画は「東日本大震災」後の経済の冷え込み(無能な政治家達によりと書かねばならないでしょう)により長期延期の状態である。この空地が10年間ゴミ駄目状態に放置されていた。それを見かねた料理長から一言「ぼくが片付けましょうか?」彼の声で一念発起しこのゴミ駄目を片付けることにした。確かに住まわせていただいている敷地はきれいにしなければならない。次回に続く。
2012年03月07日
住まわせていただいている土地はきれいにしよう
かんからをやる前のぼくの職種は設計事務所を経営していた。それが何の因果で「居酒屋の兄ちゃん、イヤーおっさん」に転身したのか、もう何度も書いたことなので今回は省略するのだが、設計事務所を経営しているときの「住宅の設計の基本」として建物を敷地ぎりぎりに立てるのでなく人が歩けて敷地内をきれいに掃除できるようにお施主さんを説得したものである。これはかならぞ聞き入れられた。建物の周囲に満遍なく風が通らなければその敷地は澱んでしまい住んでいる住人にかなりの悪影響を与えると信じていた。これは「風水」の基本でもありそれは今でも信じきっている。たまさかに敷地は広いのだが施主の欲の出しすぎなのか、はたまた設計士の不勉強なのかわからないのだが、建築基本法の隣地境界ギリギリに家を建て人が通ることもできずごみ駄目と化し陰気そのもので不健康な住まいをお目にかけることがある。おそらく、この住まいの住人達には「未来は無いもの」と思えてならない。それほど「住まい」というものは大事なものである。怠けて簡単に家を創って後悔した方をどれほど知っていることか。しかし、よほどの資産家で無い限りこの「未来の見えない住宅」を設計した無能な設計士にびんたのひとつくらい浴びせ、この不要な住まいをぶっ壊すことはできないであろう。毎月のローンの返済、家に帰るたびにいやな思い、日に日に家族が不健康になり後は没落を待つばかり。夢にまでみた住まいがこういう羽目ににならないためにもこれから家を創ろうとしているあなた、しっかり勉強して絶対に悔やむことのなきようにしていただきたい。すみません、能書きな前文が長くなりました。次回に続きます。
2012年03月02日
2才の娘の災難 No-3
彼女の災難はあの事故で終わりではなかった。彼女は生まれる前から脳に少し異常があり今でも6ヶ月の定期健診を受けている。あの事故の5日後にその検診がありぼくも付き添っていくことにした。まあただのタクシー代わりの運転手のつもりだった。今までは3~4時間も子供病院で待たされるのが苦痛であり二人を残してすぐに帰るのだが、その日に限って寝不足もあり駐車場で寝ながら待つことにした。3時間経っても来ない、イライラしながら二人が診察を受ける子供病棟へと向かう。かみさんが「次、診察する番」というので娘が2歳になってどういう状況なのか初めて診察を聞くことにした。「2歳にしては少し言葉が少ないですね」ぼくはドキリとする。家では健康そのもので姉、兄、妹と結構活発に動き回ったりして言葉が少ない=足りないと感じたことが全く無かったのである。「それ以外は何も問題は無いです」といわれ安心したのもつかの間、「あれ、1歳に受けなければならない予防接種受けてないですね、麻疹もまだ受けてないのですか?」子供手帳を見ながらお医者さんが言う。もうひとつ、2歳までに受けないといけない予防接種もあったのだが忘れてしまった。彼女のことを全てかみさんまかせにしたことを悔やむと共に情けなくなる。そして、その日のうちに保健所から電話が入り「必ず予防接種受けに行ってください」「明日一番で行ってきます」子供病院の看護婦さんが保健所に(あの夫婦は気にかかり)もう一度の催促と本当に病院へ行くかの確認をしたものと思う。もし、ぼくが子供病院に付いていかなくてもかみさんは予防接種受けに行っただろうか?翌日近所の小児科へ行き予防接種を受けに行ったこと最後の報告とします。
2012年02月22日
2才の娘の災難 No-2
三人で病院へ行く。出血がとまらないのが心配。それが耳付近の外傷なのか中からの出血なのか動転したぼくには見当も付かない。まず受付に案内され小児科へ行くように言われる。この出血を見ても解るように緊急を要するのに「小児科へ行くように」と言われることに疑問を抱き尋ねるのだが「一応2歳なので小児科へ行ってください」と再度言われる。小児科へ行くと耳上の傷だから緊急外科へ行くように言われる。以前もこの子の上の娘がこの病院で「たらいまわしにされた」ことをブログにも書いたのだが、もう一度同じ目にあうとははらわたが煮えくり返る思いを腹の底にしまいこみ従順に外科へと急いでいく。そこでの診察によると耳の中からの出血だから耳鼻科へ行ったほうがいいと言われあきれ果てるものの、この子に何の処置もできない親としては彼らにただ従うしかないのである。耳鼻科では鼓膜に損傷も無く出血は粘膜が傷ついたことによるものでさほどの心配は要らないと言われやっとここにきて安堵する。「脳に損傷でもあれば大変だから脳を調べてくれないでしょうか?」「それじゃ、CTスキャンで脳に外傷が無いか調べましょう」始めてぼくの不安に対応してくれる。その結果何事も無く病院を後にする。帰り際に「今夜、もし吐いたり高熱が出たりしたら至急病院へつれてくるように」と言われる。ぼくはかみさんに「今日は、どのようなお客さんが来てぼくを呼び出したりしても娘がインフルエンザでお店に出られないと話すように」と強い口調で言う。そして、明日自転車の男の子にも「何でもなかったから心配いらない」と電話するように言い、娘を抱きかかえたぼくはお店に向かうかみさんと別れた。長い長い一日がやっとこさ終わったのである。
2012年02月21日
2才の娘の災難
もう1週間前のことだがぼくが先にお店を出て・・・ぼくはバイクで家に帰るのである・・かみさんと2歳になる娘の帰るのを待っていたらあまりにも時間がかかるものだから気が気でなくなり、二人の姿を確かめるためについにベランダに出て下のデコボコ道を見下ろし続ける。しかし二人は来ない。30分の時間をえてドアが開いた瞬間、娘はおお泣きし2才の娘を右手に抱きかかえたかみさんは「自転車にぶつけられた」とわめく。ぼくは何のことか意味不明のまま走っていく。娘の右耳から血が流れ出し、かみさんの肩はその返り血で赤くにじんでいる。「どうした?」彼女の話によると娘の手を放した瞬間、坂道を下ってきた小学高学年の男の子の自転車とすれ違った瞬間娘が一階転したとのことである。「手を離したのか?」彼女の生まれつきの性分で一つのことに興味を示すと周りが見えなくなってしまう悪癖がある。今の場合の「彼女」と言うのはかみさんの事であり決して2才の娘のことではないことを確認しておきます。実際彼女は何が起こったのか、娘が転倒した瞬間泣き出してから「ことの重大さ」に気づいたと思う。つまり、彼女は自転車が下り道から走ってきたことも知らなかったと思う。何故、2才の子を連れた彼女がエアーポケットに陥ったのだろうか?「この子の手だけは離すなよ、どこに走り出すか解らないから」何度も繰り返し注意したことが無意味であったことをそのとき知る。しかし、これだけの血を流しながら何故救急車を呼ばず娘を家まで連れ帰ってきたのか不思議でならなかった。怒鳴り散らす元気さえうせてしまった。皆さん、ご存知のように娘がなんでもなかったからこうしてブログが書けることすでにお気づきになったと思いますが・・。次回に続きます。
2012年02月14日
福島県いわき市からのお便り N0-2
この国の中枢を担っている官僚達の体たらくは限界に来ている。福島原発事故の放射線量マップを東京電力は国民に公開するひと月前に米国にデータを提出したという。ご存知のように東京電力は官僚達の天下り先であり既得権益の最大の温床である。原子力安全・保安院に報告したのも一日後だという。文化省の放射能の影響予測データが事故直後から米軍に渡っていたともいう。この国の官僚達は日本国民よりも米国の手先となって行動していることは明白な事実である。つまり売国奴である。このような連中にこれからも日本国民は「命の未来」を託さなければならないかと思うと絶望的である。福島県民にとって、いわき市に住むMさん一家にとってこの国を信頼して復興に全力を注いでいる最中に、このような「情報」が流れるたびに打ちのめされ希望を失う。この国など信頼できやしないであろう。ぼくは政治家連中が、マスコミが「絆」と発するたびうに腹が立つ。今年届いた帯広からの先輩の賀状にはこのように書かれていました。「昨年から国を主語とする発想を止め、十勝又は北海道を主語として考えるようにしています」大阪からの恩師からは「政治家のアホさが目立つ国です」。いわき市のMさんからの封書には一枚の写真が同封されていました。昨年3月12日に命を与えられたMさんご夫妻のお子さんの写真です。ぼくは彼女の写真をカウンターの棚に貼り付け彼女の未来に「幸多きように、健康に育ちますように」と毎日念じています。
2012年02月13日
福島県いわき市からのお便り
今年の年賀状の文面は東北の大震災の多大な被害もありかなり考慮に考慮した。そして、福島県、宮城県、岩手県等にお住みになって被害を被りながらも依然としてお客様の安否も知らないまま賀状をお送りしていいものか、の苦悩、戸惑いもかなりあったのだがお出しする決断を下した。そして、返信をいただいたのは岩手県の病院の副院長さんと福島県いわき市に住む、今現在も家族三人いわき市に住みながら「正しく放射能を怖がろう」を決意していわき市に居住するMさん家族。お二方からのお便りだけの2通でしかなかった。悲しいかな残りのお客様の消息は未だ不明である。そしていわき市に居住するMさんからのお便りから感動を与えていただいた。昨年の3月11日に破水し翌日に長女が誕生したというTVのドラマでも見ているかのような信じられない事実を知らせてくれたことである。一時彼ら家族は東京で出産をかね住んでいたのだがいわき市で「原発を、放射能を怖がりながらこの地で生きていこう」との決意で今現在いわき市で暮らしているという。なかなかできることではない行動力である。「福島原発」の温度が上昇中とのニュースが昨日から耳にするたびにここ2000キロも離れた島に居ながらも気が気でない。Mさんからお便りをもらうまで正直いわき市がどこにあるのか地理に疎いぼくは知らずに居た。早速地図を開いてみるなんとわずか40キロしか離れていない。やはり日本人の「ふるさと」に対する愛着は半端なものではない。それを木っ端微塵に打ち砕いたのは何たることぞ同じ同胞の日本民族、日本の中枢を牛耳る無能な連中。次回に続きます。
2012年02月08日
10周年を終えて
PCが何度も故障を起こしブログをご覧になっている、または毎回楽しみにしているお客様の期待に反し申し訳ない思いでいっぱいであります。このような便利な機械の欠点は自分の思うように動いてくれないことであり、PCやメカニックに疎いぼくにとってはちょっとした故障でもきたすものなら完全なお手上げ状態でプロの方にその処理をおねがいするしかないのです。言い訳でなくそのために長期の離脱をせざるえなかったのです。その間にいろいろな出来事があり一番やきもきしていたのはこの私だったのですが・・・。
先週の日曜日にかんから・カンの10周年を無事に終えることができました。多くのお客様がお祝いに駆けつけていただいたことに感謝を申し上げます。10年もかんからのこと、傲慢でうぬぼれの強いこの上原武二のことを陰で支えていただき感謝の念、感激の思いで胸がいっぱいです。私にはまだまだサービス業に不慣れな点が、反省する、反省しなければならないところが山ほどもあり皆様に甘えてばかりで申し訳なく思っています。かんからが10年も続いたのはまさに奇跡であり皆様の思いやる真心と良心が無ければ今日のかんからはありえなかったと確信しています。本当に有難うございました。心よりの御礼と感謝を申し上げます。今日から一からの始まりだと思って精進することお誓いします。これからも叱咤激励宜しくおねがい申し上げます。10年もの長い間かんからを支えて下さり有難うございました。
かんから店主 上原武二
先週の日曜日にかんから・カンの10周年を無事に終えることができました。多くのお客様がお祝いに駆けつけていただいたことに感謝を申し上げます。10年もかんからのこと、傲慢でうぬぼれの強いこの上原武二のことを陰で支えていただき感謝の念、感激の思いで胸がいっぱいです。私にはまだまだサービス業に不慣れな点が、反省する、反省しなければならないところが山ほどもあり皆様に甘えてばかりで申し訳なく思っています。かんからが10年も続いたのはまさに奇跡であり皆様の思いやる真心と良心が無ければ今日のかんからはありえなかったと確信しています。本当に有難うございました。心よりの御礼と感謝を申し上げます。今日から一からの始まりだと思って精進することお誓いします。これからも叱咤激励宜しくおねがい申し上げます。10年もの長い間かんからを支えて下さり有難うございました。
かんから店主 上原武二
2012年01月19日
T シャツを創る?
ぼくはTシャツを創るのが夢である。しかし、下の子が3歳になるまでは封印しているつもりだった。来月で2歳になるので来年まで待っていようと思っていた。それが神様からの試練だと自分に何度言い聞かせてきたことだろうか。なぜ?その子の面倒を見るだけで全神経を使ってしまうからである。ちょっと目を離しただけで車道に走り出し偶然にも通りがかったバイクの運転手に助けられ、両手に抱えられたわが子の前でお叱りを受けたこともある。もし、これがスピードを出しすぎた車にでも・・・と考えただけで総毛だつ。階段の手すりの隙間からは顔面から落ちてしまうし風邪でもひこうものなら救急病院へ駆け込まなければならない。マーどの親もそうなのだろうが幼児がものごころ付くまで目が離せないのである。そのために「封印」していたのである。が今年になり前回のブログでもお解かりのようにこの国の前途に大きなる不安と不満を抱き自分がウツの状態に陥ってしまったのである。こうなると元気はなくなるわ、暗くはなるわ家族にとってもお店にとっても全く良い事があるはずが無い。そのことに気づいたぼくは気分転換の方法を模索しだした。それが「Tシャツ」を創ることの前倒しである。運よく知り合いの紹介で「元Tシャツ」を作っていたという人を紹介してもらい彼の才とぼくの才のぶつかり合い今風に言えば「コラボ」が近日中に始まろうとしている。設計もそうなのだがものを創るというチムドンドン=興奮は何にも変えがたいものがある。次回に続く。
追記 2月5日かんからの10周年を催します。会費2千円にて飲み放題食べきり。開宴は6時。お時間のあるお客様はぜひお越しください。スタッフ一同お待ち申し上げます。
追記 2月5日かんからの10周年を催します。会費2千円にて飲み放題食べきり。開宴は6時。お時間のあるお客様はぜひお越しください。スタッフ一同お待ち申し上げます。
2012年01月11日
不安がよぎる No-2
今円安である1005兆円の借金を抱えながらもこの円高が非常に気にかかる。誰か達が意図的に円高を操作しているとしか考えられない。もし円が急激に円安へと切り替わるとこの誰か達が莫大な利益を生むことが明白だからである。世に言うマネーゲームでこの資本主義は自由社会は形成され一部のいやーごくわずかな人たちの利益のために今まで汗水働いてきた9割近くの中小企業が破産に追い込まれてしまう。恐ろしいものでこれが私たちが求めてきた自由社会なのである。できの悪い私がこの日本の状況を危惧するのだからこの国の中枢に居るエリートたちはすでに危機感を察していると思うのだが今のところ何の方策も見えてこない。年金もおかしい。事実かどうか知らないが公務員の年金が月30万円もあると人づてに聞いた。今労働者が月にに30万も給与がない御時世に年金族がこれらの報酬を毎月いただくと言うのがおかしい、そして公僕であるべき公務員だけが優遇されるのに腹が立つ。まず公務員、市町村議員、国会議員の公僕の退職金および年金の開示を求めたい。莫大な借金を抱えているこの国の危機ゆえに率先して公僕たちは、元公僕も含めてこの国の在り方を考えてもらいたい。マー国会議員の特典に比べるとわずかなものだろうがあまりにもこの国の公務員の数が多すぎることを考えると無視できない金額であろう。ほかにもこの国の矛盾が気に障るのだがここまで書いてきりが無いことに気づき止めることにした。最後に東北のじちゃんばちゃん、幼い子供たちのことを眼にするたびにこの国の「絆」が虚しく響くのが無念である。
2012年01月09日
不安がよぎる
なぜか年が明けてから憂鬱で体に元気が、力がみなぎってこない。大げさに言えば不安である、将来に対して自信が持てないからなのだろうか非常に不安である。これは典型的なA型の特徴である。うちのかみさんはO型の性格ゆえぼくのこの不安を解消してくれる術を持ち合わせていない。逆を言えば彼女のこのおおらかな他のことに神経を傾けることの無い寛大な性格がうらやましいのが本音である。おかしな話だがもし沖縄に大地震が起きたらどうしようか、おそらく沖縄のかなりの県民が命を落とすことは明白である。多くの住民が海抜2~3メーターで生活をしているからである。かんからもこれから逃れることはできないであろう。東北の津波をTVで生で見たせいかそれが脳裏に焼きつき夢にまで出てくる。世に言うトラウマである。それからヨーロッパの崩壊が現実味を帯びてきたユウロ安。もし今ユウロ圏が手におえなくなると日本の経済は?一番恐れるのが日本の破綻である。このまま借金を続けつつ国の経営が成り立つはずも無い。それに何も施策をしない無能な政治家、官僚等世に言われるエリートと呼ばれる多くの知識人たちはこの日本の行く末を真剣に考えているのだろうか、福島の原発の処理の問題に絡んで頻発する余震の対策はどうなっているのか、東北の被災地に厳寒の中で暮らす住民に心温まる援助は行き届いているのだろうか、世界中の人々が日本人の復興を信じて送り届けた義援金は彼らの元に行き届いているのだろうか、もちろん国内からの莫大な義援金を含めてである。全てに疑問を抱き不安材料のいっぱい詰まった2012年の始まりになってしまった。これは次回に続きます。
2012年01月04日
2012年 あけましておめでとうございます
今日からかんから・カンの営業開始です。今年一年宜しくおねがい致します。私も昨日一年の抱負を家族と話したのですが、「欲張ることなくただ健康でこの一年を過ごせればと思う、そして、何があっても東北の人たちに比べればこれ以上の幸せ、恵まれていることを忘れないで皆頑張ろう」と言う。一番上の娘が唐突に「お父さん絶対に長生きしてよ」の言葉が胸を刺す。数年ぶりに3日間の休みを取ったものだから体がなまってしまった。やはり休みは2日で十分と思った。が、家族にすれば3日あったほうがいいに越したことは無いだろう。昨年、フランスから来たお客様が2ヶ月の長期休暇をもらって東南アジアを旅行中と言うご夫婦がいらっしゃったのだが、そのとき「ぼくが2ヶ月も休みを取ったら精神、肉体がどうなるのかと思った」のを思い出した。我々日本人の欠点であり利点なのだろうか?ぼくもそうなのだがなかまか休むことができない。休むことが恥のように感じる世代である。さー皆さんもそうなのだが今年一年明るく元気でチバッテ行きましょう、東北の人たちに比べるとなんてことはない、なんでもない。皆で希望の光に向かって前進あるのみ。チバラヤー東北、チバラヤー皆さん。

