2010年03月10日

沖縄で弟と同居

 「かんからの道」再開
僕はあの頃、前のカミさんと別居しており、高校生(山原の知り合いの子供を預かっていた。その彼も今ではかんからの料理人として頑張っている)と2人でかんからの前のボロい瓦屋で設計事務所兼住宅として生活していた。ここで弟も一緒の生活をするハメになった。
 彼が北海道から帰ってきた時の姿は僕よりもフケてしまい、活力もなく、生きているというエネルギーも失っていた。そして左手に煙草を押しつぶした(根性焼きというのだろうか)後の火傷が痛々しかった。これを書いている事さえ辛くなってしまう弟の哀れな姿、しかし僕は 「心配するな、何も恐れるな、今では暴対法がある。彼等が来ると(彼をここまで陥れた暴力団)すぐ警察へ行けばいい。」 とそればかりを力強く言う。 もし暴対法がお金を支払う前にできていればあの大金を支払う必要は無かっただろう。しかし時は遅すぎた。

                                  2010年3月10日(水)曇り



Posted by かんから・カン 店長 at 10:00│Comments(0)
 
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