2010年05月10日

おどろくべき 『交通許可書』

 彼等は沖縄の文化財、自然を残しつつ、住宅で必要な場所に、必要なヶ所だけ建設していったのである。
そこに住んでいた米軍家族は休みになるとおそらくハイキング気分で天久の湿地へ足しげに通ったことだろう。
彼等の 『自然=生態系』 に対する畏敬を抱くチムグクル(心)は、以前沖縄人が持っていたものだと思う。しかし、今では・・・
 そしてもう一つの体験。15年前の話である。宜野座村の博物館をアルバイト兼助っ人として3年間お付き合い(仕事)をさせてもらっていた。博物館の担当者が 「上原さん、たまには息抜きしましょう」 と言い、宜野座村から名護にかけての 『米軍演習場』 を見学する事になった。
この地域は民間人は 『立ち入り禁止』 である。しかし彼等には 『教育委員会』 なるパスがあり、教育の一環として自由に出入り可能であった。
フェンスの南京錠の鍵を常備しており、これにはさすがの 『那覇人(ナーハンチュ)』 もびっくりした。
まさに、OPENな付き合いである。

                                  2010年5月10日(月)雨



Posted by かんから・カン 店長 at 10:00│Comments(0)
 
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