2010年05月26日

戦争を伝える役目をいく代まで

 僕は1時間半も歩いてきたものだから、体力を消耗、走る気力もなく管総理を乗せた高級車が走り去っていくのをただ眺めているだけ。警備中の警察官に呼び止められるのを覚悟で 「ごくろうさまです。」 と言う。
しかし、彼等も全身オレンジ色をまとった僕を見て 「お疲れ様です」 と労をねぎらってくれた。しかし、その後が問題だった。
「沖縄工業の戦没者追悼式』 は皆が黒色のシャツに、黒色のズボンを着た喪服姿の工業の大先輩達、皆の視線が僕だけに集中する。 「何しにきたのか。この野郎は」 全身汗まみれのオレンジ姿の僕はただ片隅で式の進行を見ているだけ。
『管総理への無言の圧力=オレンジ色』 も彼等には伝わる事は無かったと思う。
 生まれて初めて 『慰霊の日』 の追悼式の参加し、来年からは家族ぐるみで出席しようを誓った。
僕は平和の行進=歩け・歩け、子供達は車で行く。そして子供達にこの悲惨な 『戦争』 がいかに愚かであったのか。
それを 「バトンタッチ」 したい。

                                 2010年6月26日(土)晴れ



Posted by かんから・カン 店長 at 10:00│Comments(0)
 
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