2010年09月15日
「ケータイ電話」PART-3
さて、「ケータイ電話」からかなり脱線してしまった。
ボクのカミさんもそうだが人が話をしているのに完全に無視して「ケータイ」に操られるとは何事かと思う。
ボクからすれば単なる機械でしかない。しかし「ケータイ病」に汚染された非常識な輩を目にすると「バカじゃない」かと思う。
以前役所へ行ったときに一市民の女性が「ケータイ」を耳に挟みながら役所の女の子とやり取りしているのを見てあきれてしまった。
おそらくこの野郎は家でもダンナとケータイを耳にはさみながら会話をしているのではないかと疑っつてしまう。
「ケータイ」が体の一部になって「ケータイ」を手から、イヤ耳から離せないでいる。
5分かそこらの時間も「ケータイ」を使用しないでいられないかと思う。
機会は「人間」あっての「利器」である。「ケータイ」も「パソコン」「TV」もそうだが、それが体の一部になってしまうと身をほろぼしかねない。
すでにその状況に陥っているかもしれない。異常なケータイの使い方をしているのを「かんから」でよく見かける。
2010年9月15日(水)晴れAM11:23
ボクのカミさんもそうだが人が話をしているのに完全に無視して「ケータイ」に操られるとは何事かと思う。
ボクからすれば単なる機械でしかない。しかし「ケータイ病」に汚染された非常識な輩を目にすると「バカじゃない」かと思う。
以前役所へ行ったときに一市民の女性が「ケータイ」を耳に挟みながら役所の女の子とやり取りしているのを見てあきれてしまった。
おそらくこの野郎は家でもダンナとケータイを耳にはさみながら会話をしているのではないかと疑っつてしまう。
「ケータイ」が体の一部になって「ケータイ」を手から、イヤ耳から離せないでいる。
5分かそこらの時間も「ケータイ」を使用しないでいられないかと思う。
機会は「人間」あっての「利器」である。「ケータイ」も「パソコン」「TV」もそうだが、それが体の一部になってしまうと身をほろぼしかねない。
すでにその状況に陥っているかもしれない。異常なケータイの使い方をしているのを「かんから」でよく見かける。
2010年9月15日(水)晴れAM11:23
Posted by かんから・カン 店長 at 11:31│Comments(0)