2010年10月18日
設計士達の災難 No-4
昨日かんから始まって依頼、念願の「結婚式後の披露宴」を催す事ができました。うちなーちゅとやまとーのカップル「古波蔵満、 奈美さんご夫婦」岐阜に帰っても頑張ってクレー、沖縄でかげながら応援しているぜ、これから色々苦労や楽しいことも多々あるでしょうが「二人の楽しい思い出」となるようにチバッテ下さい。
さて、昨日書いたように「設計士達の災難」は無駄な時間の消費と無駄な資源の浪費があげられる。ある設計士の話によると彼らの「申請書」は台車で運ばなければならないというほどの重量だという、そんなバカなとボクは聞き返したがこれは事実らしい。
台車に乗るくらいに大量の「申請書」を彼ら「役人」はいちいち目をとおすはずはない。では何のためだろうか、一目瞭然(何かの為、何かが起きたときのための証拠の書類)としか考えられない。責任の回避である。「国家」はもっと「大人として設計士達」をあつかえないだろうか、情けない話である。もっと情けないのは「設計士達」が何ももの申さない事、反乱を起こさない事である。
そして、建築業界に「かげり」が見えはじめてもその対応をとらない、動かない事に歯がゆさを感じる。もうつくれやつくれやの時代はおわりだと思う、これはこの仕事に携わる大多数のご意見だが「先見の明」で行動、動いた人はボクの回りには一人もいらっしゃらない。逆に他人事のようにおっしゃる人が多いのにこちらが戸惑うばかりである。「来年はきっと景気はよくなる」とおしゃるかたにはあ然と、呆然とさせられる。
さて、昨日書いたように「設計士達の災難」は無駄な時間の消費と無駄な資源の浪費があげられる。ある設計士の話によると彼らの「申請書」は台車で運ばなければならないというほどの重量だという、そんなバカなとボクは聞き返したがこれは事実らしい。
台車に乗るくらいに大量の「申請書」を彼ら「役人」はいちいち目をとおすはずはない。では何のためだろうか、一目瞭然(何かの為、何かが起きたときのための証拠の書類)としか考えられない。責任の回避である。「国家」はもっと「大人として設計士達」をあつかえないだろうか、情けない話である。もっと情けないのは「設計士達」が何ももの申さない事、反乱を起こさない事である。
そして、建築業界に「かげり」が見えはじめてもその対応をとらない、動かない事に歯がゆさを感じる。もうつくれやつくれやの時代はおわりだと思う、これはこの仕事に携わる大多数のご意見だが「先見の明」で行動、動いた人はボクの回りには一人もいらっしゃらない。逆に他人事のようにおっしゃる人が多いのにこちらが戸惑うばかりである。「来年はきっと景気はよくなる」とおしゃるかたにはあ然と、呆然とさせられる。
Posted by かんから・カン 店長 at 13:36│Comments(0)