2010年11月08日
老後を考える No-1
昨日は土曜日から知り合いのその知り合いの別宅へ一年ぶりに行く、一泊の予定である。昨年は台風の影響で「ヤギ料理」が中止になり今回はその罪滅ぼしを含めての招待だった。ここへ来るのは二度目なのだが何度来ても雄大な景色には圧倒される。特に高台の敷地から海が見えるのがいい、救われる感がする。大宜味にも知り合いが広大な敷地を構えて生活する人がいるのだが残念な事にその敷地からは「海」を眺める事ができない、唯一の欠点といったら失礼、無礼なのだが「海」が見えるだけでこれほど気持が落ち着くのは何故だろうか。そして余り遠出できない子供たちも一緒だから余計に気持ちの高ぶりは増すというもの、その疲れもあり昨日はブログを休んでしまいました。すみません。
さて今回から自分の母親を見つめながら、付き合いながら「老後」について書いてみたい、ボクには弟二人がいる。二人とも50過ぎて独身である、子供がいないから二人の将来をみないといけないと自覚しているのだが果たしてそれが出来るだろうか疑問が出てきた、沸いてきている。それは誰が先に「痴呆」になるかである、兄である私かそれとも弟達か、自分が二人の「老後」を見る事ができなければ誰が見るのだろうか、まさかカミさんや子供たち・・・母親を見ていてそれが現実問題として恐怖となって現れてきている。今お袋は「某精神病院」へ入院している、自分から懇願しての入院である、うつ病と痴呆、そして彼女が持つ「人格」がからみあって今の状況は深刻である。入院する前がひどかった、誰彼構わず電話する、もちろんここにも、「さみしいよう、一人では不安だから来てちょうだい」あの広い家にいつも一人なのだから確かに孤独で寂しいだろう。
(月)曇り AM10:55
さて今回から自分の母親を見つめながら、付き合いながら「老後」について書いてみたい、ボクには弟二人がいる。二人とも50過ぎて独身である、子供がいないから二人の将来をみないといけないと自覚しているのだが果たしてそれが出来るだろうか疑問が出てきた、沸いてきている。それは誰が先に「痴呆」になるかである、兄である私かそれとも弟達か、自分が二人の「老後」を見る事ができなければ誰が見るのだろうか、まさかカミさんや子供たち・・・母親を見ていてそれが現実問題として恐怖となって現れてきている。今お袋は「某精神病院」へ入院している、自分から懇願しての入院である、うつ病と痴呆、そして彼女が持つ「人格」がからみあって今の状況は深刻である。入院する前がひどかった、誰彼構わず電話する、もちろんここにも、「さみしいよう、一人では不安だから来てちょうだい」あの広い家にいつも一人なのだから確かに孤独で寂しいだろう。
(月)曇り AM10:55
Posted by かんから・カン 店長 at 10:55│Comments(0)