2010年11月24日

二人の弟  No-2

早速今日病院へ行く、何度通っても気持ちのいいものでないのが病院、近頃はおふくろ、弟の病院ばかり通い自分の問題で病院に行くのは何年ぶりだろう。そして時間のかかるのも病院の特権、みんな誰一人文句もいわずじっーと忠実にイスの上に座っている。「うえはらさーん、うえはらたけじさーん」この呼び出しは何処の病院も同じに聞こえるのはどうしてだろうか、何処かの大手の「ファーストフード店」と同じように完全に僕らも「マニュアル化」されてしまったのかと思ってしまう。診察室へ入ると問診を受けいきなり「横になってズボンを脱いでください」と言われる。「ズボッ」彼の指がどの指だか解らないがいきなり挿入するので痛いちゅうよりも恥ずかしいのである。側に「看護婦さん」がいない事を願いつつ彼の野太い声が一言「痔のようでもありますが、以前に痔を患ったことがありますか」と言うので待っていたと思い一言「生まれたときからジ持です、名前がタケジです」・・・完全にしらけた状態で「大腸がんの検診」の日程を聞く、痔ならいいものをガンだと・・・

二人の弟に続きます。僕等のオバーもかわいそうで哀れだった、命からがら戦中を生き延びながら戦後になってもオバーの「戦さ」はずっーと続く。息子には酒のはけ口とされ、嫁には完全に無視されていた。孤立無援の,孤高のオバーの唯一の「希望」が次姉だった。「この子はきっと学校の先生になる」そう信じきっていた。お袋の実家がほとんど教員と言う仕事についておりその対抗心がいつの間にか次姉に乗り打ったと思う。「学校の先生」それが突然沖縄から消えてしまった、自分の夢が、希望が一夜にして消えたのである。ボクはそれだけが悔やまれて悔やまれて・・・今ではどうする事もオバーの夢を取り戻す事もできないがその日からオバーは一人で夜な夜な外へ出て両膝を抱えて座り込むことが多くなった。ずーと一線だけ見つめているのである。その日から家に取り残されたのは中一のボクと小五と小三の二人の弟、酒を浴びつづけ飲まれ続けの親父、ヒステリックなおふくろ、そして希望を失った祖母であった。



Posted by かんから・カン 店長 at 21:54│Comments(0)
 
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