2010年11月26日

二人の弟  No-4

もしも二人の弟達に「会話力」が備わっていたならと悔やまれる。しかし会話のない(ただ,罵り合うだけの家庭内会話では意味を成さない)家庭に「会話力」を付けろと言うのが無茶な話なのだろう。色々な社会的なこと、政治的なこと、国際的な問題など兄弟三人で話した事一度もない。そう、やはり最低の学問が無いとこれ等の事に興味を示す事もできない。三男は友達がいたのかさえ解らない、おそらくかなり少なかったように思う。「言葉」が極端に少なすぎその事で友達が遠のいてしまい一人だけ孤立してしまった。病気を患う前の彼は「大将」肌もろだしの行動力を備えていたが全てが空回り、自分より力が下の連中しか使えないものだから「組織」として「機能」するはずがない。それも四男に対抗しての「日雇い業」だからうまくいくはずがない。そこにも「嫉妬」が食い込まれている、私達家族の最大なる「欠点」がここでも顔を出してしまった。三男は四男にたいして「兄弟愛」を見せるときもあれば異常なほどの「嫉妬心」もいだいていた。この相反する「力」は何処の兄弟でも抱くものなのか、それとも「無知」ゆえの行為なのか不思議でならない。兄弟が「一つ」にまとまって「会社」を運営している家族を見かける時もあるがそれは「圧倒的な長男のパワー」が発揮されない限りこの力のバランスは成り立たないと思われる。もし「家族」で事業を計画している方がおられましたら「圧倒的パワー」の存在がいない限り絶対に「家族又は兄弟」で事業を起こすものでない。私事で恐縮ですがかんからに「姪っ子」をバイトで入れただけでおかしくなり、それ以来「身内」を使う事はしないようにしている。いいように発揮する場合もあれば最悪の場面もある。三男は幼い頃から下の弟を連れて歩いていたように思う、「親」の愛情が不足の分を彼に求めたのだろう、これも人間の「性」である。そして彼はますます「孤立」へと向かってしまった


            (金)晴れ  AM11:07 。



Posted by かんから・カン 店長 at 11:07│Comments(0)
 
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