2010年11月27日
二人の弟 No-4
三男も中学を卒業すると同時に兄のいる「大阪」へ行った。もし彼が兄を頼らずに他の場所へ独力で行っていたら彼の人生は絶対に変わっていたと思う。しかし、小さい頃から親の愛情が薄かった、自分に甘かった彼はただ一人の頼れる兄の元へ行かざろうえなかった。それから彼に再会したのはオバーがなくなる前の三年後であった。兄と二人、色々な職場をテンテンとしながら「オバーの危篤状態」を誰から聞いたのでもないのに二人して「運命の糸に導かれるよう」に突然帰ってきてしまった。あの時兄21、三男17歳。まだまだ沖縄に帰るには二人とも「人生の修練」が足りなすぎた、幼稚な親元での生活が彼らを余計に甘くし絶望な取り返しのつかない人生にしてしまった。人生に「もしも・・・」はありえないだろうが、もしも彼らが姉達のように大和で暮らしていたらと思う、しかし二人して「ヤマト」の生活に溶け込めず「ケンカ」ばかりして溶接会社を追い出されるようにかえってきた事を自慢していたから「口数の少ない、自分を表現できなかった」二人にすれば山和での生活もむりだったのかなー。せめて10年は修行を積んで帰ってきてもらいたかった、最低でも10年いれば10年苦労していれば別の人生を歩いていたと思う。親元で「苦労」=「修行」などできるものでない、逆に甘え放題の堕落の生活しか出来ない、これは双方にとっていいことは一つもない。それをこの二人は同じ方向へと歩いてしまった。まさに「運命の糸」に手繰り寄せられるようにである。
(土)晴れ AM10:30
(土)晴れ AM10:30
Posted by かんから・カン 店長 at 10:39│Comments(0)