2010年11月29日
二人の弟 No-6
下の弟は小さい頃から「不遇な生い立ち」だった。4~5歳の頃にお袋の親戚方にあたる家に一人だけ預けられた事があった.その理由が何であったのかいまだに解らない、彼女のヒステリーの再発だったのか、おばーか親父とのトラブルだったのか?喜手納,今では交通が発達したので近くになったが45年前だと永遠に弟に会えないものと思っていた、それ程遠い距離だった。その頃からお袋は「夜の商売」を勤めるようになり逃亡を繰り返していた。親父からすれば腹が立ったことだろうがそれを聞くようなおふくろではなかった。そして弟が中学生の頃どんな悪さをしても多めに見ていたボクは一つだけ絶対に許せない「事件」を彼らは起こした、彼らとは例の「不良仲間」である。何を彼らは血迷ったのか、ある農家の畑の「大根」を一本残らず全部叩き折ってしまった、その時お袋が逃亡中で家の面倒はボクが見ていた。それを聞いたボクはこれだけは絶対に許せなかった、彼を柱に縛りつけ殴り続けた泣いても泣いても許せなかった。「どんな気持ちで大根を作ったのかお前わかるか、収穫前の大根を全部失った農家のおじさんの気持ちお前わからんのか」と言っては殴りつづっけた。彼に手を出したのはこれ一度だけ、もう一つのエピソード、その頃高校生の僕はサッカーに夢中だった、と言うよりもサッカーが家のゴタゴタを忘れさせてくれた。家に帰るのがいやで最終バスに乗り遅れるぐらい練習をした。そして弟にそれを強制的に教えようとして特訓を始めた、サッカーをすればまともになると思った。最初から「ダッシュ」50メートルを10本組んで走った、なんたることぞ弟は2本目の途中で逃げ出しオバーにしがみつき「たけじが俺を殺そーとしている」と泣きだしたのである、あれ依頼特訓は止めた「根性無しが」
(月)曇り AM9:07
(月)曇り AM9:07
Posted by かんから・カン 店長 at 09:07│Comments(0)