2010年12月09日

飯場で生きる  NO-7

新宿の設計事務所には一年半御世和になった、ボクが「沖縄」から一人できたと言う事で色々な集会にも誘ってくれ、自宅にも呼ばれ食事も頂かせてもらった。しかしボクの野望は日に日に募るばかり、そして、ある日「新宿の駅」でインド旅行の定員割れの募集を目にする。確か15日くらいで20万円を切っていたと思う、ボクはすぐに「所長」に相談を持ち込む「インドに行きたいのですが、その間休ませてください、1ヶ月くらい」「もしこんなに長期間休むのなら事務所を止めてから行きなさい」「わかりました、やめさせてください」ボクがどうして「インド」に固執したのかこれは後で「初めての海外へ行くーインド」のタイトルでお目にかけるとして、ヒンズーの神か、仏様に導かれてしまったのか無性にインドへ行きたくなった。そしてそこからすさまじいパワーとエネルギーを体中に浴びて帰国する。貯金を使い果たし一時「島」へ帰沖する。そこでアルバイト「型枠工の手元」を2ヶ月して旅費を作り再び東京の貸家に戻り「飯場」の「安藤社長」を訪ね「鉄筋工」のアルバイトをお願いする。「明日から来なさい」と言われる。今度は「飯場」住まいではなく「社長」自ら送り迎えをしてくれると言う、しかも「ベンツ」で。ボクの住まいと「社長」の住宅は同じ多摩川沿いにあったのだが「飯場」までの「ベンツ」の送り迎えなんて、それも社長自ら。最初ボクが「設計」の仕事をしている事へのきずかいだと思っていた。それもつかの間とんでもない相談を持ち込まれる。「長野に行かないか」「何かあるのですか?」「向こうでダム工事が始まるのでその現場を見て欲しい」「エエエーっ」「どのくらいの期間ですか?」「4~5年」「エエエーっ」ボクはインドから帰ったら「象設計集団」を訪ねそこで「修行」する事を計画し実行する事を練っていた。それを社長につたえ了解してもらっての短期のバイトだったのだが彼の考えはそうではなかった。「ダム工事」をボクに任せ会社の一員にしたかったようだ。

            (木)晴れ  AM10:18



Posted by かんから・カン 店長 at 10:18│Comments(0)
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。