2010年12月15日
二人の弟 N0-8
「飯場で生きる」があれほど長期の文になるとは想定外でした。ボクはたまさか設計の仕事が無くなると弟の紹介で「鉄筋工」のバイトをして生計を補っていたのだが、この「飯場の生活」が下地になっていたことを原稿を書きながらつくづく感じた。彼らには理屈や哲学なんかいらない「一日働いて何ぼの世界」真正直なところがボクは好きである。そして彼らと働いていると現実をモロ見る事ができかなり「勉強」になる。ヘタな「設計」のバイトより彼らと仕事した方が楽しくかつ得るところが多い。東京でもこの二人の弟の配下としてボクは使われていた、兄と言っても「鉄筋工」としては二人が先輩である。二人の言うことには何でも服従。しかし、下の弟にすれば兄二人使うよりも赤の他人の方がよっぽど使いやすかったのではなかろうかと思う。こんな使いにくい「手元」はイヤだったことだろう、グチばかり言うのだから。さて本題に入らせてもらいます。兄貴は別にして弟二人も「非行」へ走ったのにお前だけまともなのは何故?と疑問をお持ちの方に一言言わせてください。もし、ボクが「サッカー」をやってなければどうだっただろう、高校へ行くための学問をやってなければどうなっていただろう、そして中学の頃から付き合いながら様々な「難門」の末にやっとこさ「結婚」にこぎつけながら「破局」へと向かってしまった「元妻」の存在も大きかったと思う。彼女との歴史は日を改めて書かないといけないと思っている、今のところしばらくお待ちを。この三つが「毎日争いとののしりの家庭から」ボクを引き離してしてくれたと思う、イヤー逃避させてくれたという表現が正しいだろう。下の弟二人にもサッカーと学問をやるように勧めたのだが「脱落」、二人は口うるさいボクのそばからも「逃亡」して余計にマイナス効果になってしまった。何度も何度も「大人になったら後悔するぞー」と言ったことが、あの頃の二人には理解、創造すらできなかったと思う。今「あの時言ったことやっておけばよかったとおもはないか?」後悔の念を聞いてみたいが、後の祭りとはこのことをいう。
Posted by かんから・カン 店長 at 10:32│Comments(0)