2011年01月28日

インドへ行く  No-9

あのイスラム教のインド人たちを隔離した「強制地区?」を逃れて、例のインド人のガイドにデリーの他の市場等を案内してもらったのだが、もうどんな光景にも衝撃を受ける事はなかった。そして3日間の約束の日がたち彼との別れの日に二人で最後の食事をする事にした。そのときに真っ先に疑問を投げかけた。「インドにどうして革命が起きないのか不思議でならない、これほどの貧富の差、差別に皆が耐え忍びながら生きているのが考えられない」インドに来てからの鬱憤と憤りをインド人を代表する彼に吐き出してしまった。ボクより2~3才年下の彼の言葉がそれ以後のボクの人生を根底から変えた。「ウエハラさんは、日本というお金のある国から来てそういうのですが、今あなたが生きているのはほんとのあなたの姿ですか、これは仮の姿です。私達は来世を考えて生きているのです。」平気な顔をしてそういうことを言う。そして彼は彼の父親が洗濯屋さんの仕事をしておりここインドにいる限り自分も洗濯屋さんの仕事しか出来ないという、「ボクは大学を卒業したら日本かアメリカへ行ってツーリストの仕事をしたいです、その為にいま勉強をしています」彼はどんなにいい大学を出ても「カースト制」がある限り、ーおそらく永遠に残ると思うのだがー仕事の選択が出来ないインドの不満を言いながらも今生きているのは仮の姿であり人は来世の為に生きなければならない事を説く。彼が「ヒンズー教」にがんじがらめの金縛りの状態を嘆いたのではなく、なんでも自由に好きなことを一生懸命頑張れば実現できる「日本人」に生まれたことに感謝したのである。生まれて始めて感謝したのである。それからの自分の人生は生きる事に前向きになりあらゆることに努力するようになったと思う。ボクより優秀な彼がー国立大学の学生ーヒンズー教のカースト制度のため未来がたたれている事を耳にし、そしてこれ以上はなかろうの貧しさ、貧富の差を目にしただけでボクの体中の血が煮えたぎってくるのを感じたのである。「日本人はやれば出来る」これだけでインドに来たかいがあったのです。続きます。  

            (金)曇り後雨   AM10:42



Posted by かんから・カン 店長 at 10:45│Comments(0)
 
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