2011年02月07日
インドから象へ
今日のタイトルを見て「インド象」の間違いではないの?と誤解を与えかねないのでまず先に「象」とは「象設計集団」というボクが人生で一番影響を与えさせてもらった「設計事務所」の事だということを頭の中にインプットして置いてください。彼らは規制の設計事務所と一緒にされる事を極端に嫌い、必ず「象」とか「象設計集団」と自分たちの事を呼ぶように若い団員に強制していた。今はどうだかわからないが21,22年前の事である。ボクが彼らと初めてお会いしたのは確か高校の2年か3年生の頃だと思う。友人と偶然に出かけた今帰仁で、これも完成したばかりの「今帰仁公民館」の広場で遊びながらこの建物の存在が気になりだしたことを鮮明に記憶している。真っ赤なブロックの柱と緑に包まれた屋根が強烈なインパクトをボクに与えたのである。この建物が彼らが沖縄で手がけた二番目の作品である事を後日雑誌で知る。ボクのカンから・日めくりカレンダーにも書いてあるように「出会いは人生の分岐点」をもろに実行に移したような「出会い」がそのときから始まったのです。しかし、それはこのときから長い長い「象」への片思いの日々でもあった。「インドへ行く」にも書いたようにボクはあの国から大きな力を貰って帰ってきた。インドから帰ってすぐに実行に移したことが長年恋焦がれていた彼女に告白する事であった。信じられない事だろうがあの頃の彼らの存在はぼくにとっては「雲の上」以上のものだった。彼らは名だたる「大学」を卒業した「エリート」の集団でもありボクが彼らの元へいくのを拒んでいたのが「高卒」と言う自分の「履歴書」であった。エリート集団からの脱皮、コンプレックスを解放してくれたのがインドから学んだこと「日本人は行動すればなんでもできる」ことであった。その勇気を携えて「象」へ面接に行くのである。
(月)晴れ AM9:35
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Posted by かんから・カン 店長 at 09:32│Comments(0)