2011年03月01日

インドから象へ  No-6

その後、大竹さん、太田、ボクの三人で近くの居酒屋へ昼間の真昼間から酒を飲みながらサッカー談義を交わす。ボクは長い間の片思いが成就できた瞬間の事でもあり「鳥八」という彼らのひいきにする居酒屋で何を話し何を語ったのか全く記憶がない。居酒屋から出ても足が地面に着く事も無いボクはその感動を引きずったまま早稲田近くに住む友人を訪ね朝まで飲み明かした。そして、ボクはアルバイト(またもや弟の職場でお世話になった=鉄筋工である)をしながら象の仕事が忙しくなるまで待機することになった。その間、彼らと一緒に東京にある大手の設計事務所でつくるサッカーの「設計事務所リーグ」にTEAM-Zooのメンバーとして参加させてもらう事になった。「芸は身を助ける」ではないがもし、ボクが高校生の頃サッカーをやってなければ、国体選手でなければ彼らのTEAM-Zooの一員になれたかどうか、そして象の事務所を引き揚げるときに「象はサッカーもやるのですか?」との一言が何故に出たのか、まさに神がかりであり「出会いは人生の分岐点」だった。「象設計集団」とTEAM-Zooの名称が頻繁に出てくるのだが当時のボクもこの2つの意味が分からず躊躇したものである。それを解りやすく説明すると「象設計集団」とは商標登録された一つの会社であり、TEAM-Zooとは彼らの仲間たちを含めたメンバーの愛称である。彼らのすごさは「ある大きなプロジェクト」になるとあらゆる職種の優秀な,有能なメンバーが集いそれにすぐに対応出来る事であろう。その後二年余東京にいたのだがTEAM Zooのメンバーとのお付き合いは今ださせていただいておりボクの宝物であり自慢の一つである。鉄筋工の仕事をしながら毎週日曜日のTEAM Zooのメンバーとしてのサッカーの試合は今まで体験する事のなかった夢のような連続であった。


            (火)雨  PM18:35



Posted by かんから・カン 店長 at 18:35│Comments(0)
 
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