2011年03月09日
インドから象へ No-7
その前に、またもや病院へ入院する弟から緊急の電話が入る。彼からすれば緊急であるがボクからするとはなはだ迷惑なだけの電話でしかない。「早く持ってきてくれ、すぐ来てくれ」の相変わらず強引な催促にぶちぎれ「人に物を頼むのにこんな言い方があるか」と怒鳴ると「もういい、来なくていい」と弟が言うので「解った。二度と行かないからそのつもりでいろ」いつものバカな目くそ鼻くその会話で終わってしまった。その後案の定病院の看護師から「明日来てもらいたい」弟からの伝言をお願いされる。
きつい鉄筋工の仕事をしながらも日曜日が来るのが楽しみであった。もちろんサッカーの試合もさることながら、その後の飲み会が何と言うか雲の中にいるようなふわふわとした感覚であった。いくら飲んでも酔う事ができず、あのような純粋な体験と興奮は二度とない。TEAM Zooのサッカーチームは素人集団の寄せ集めであったが勝敗に対しては厳しいものがあった。特に大竹さんは学生の頃国体選手で活躍されただけに厳しかった。「象はサッカーが一番で建築はその次だー」と叫ばれただけの執念と情熱をいつも披露していた。太田はさすがに大学までサッカーをしただけのプレイを見せ、いかにもバックス向きなプレイヤーだった。ボクはもちろん高校の頃と同じポジションのセンターフォーワードのトップの点取り屋、そして時には優しいパスを女性人にわたすアシスト役と変幻自在の活躍だった。この三人がサッカーの経験者で後は皆が素人衆という恐ろしい集団だったが、なんとボクがはいいったその年に「設計事務所リーグ」で優勝したのだった。しかし、その事を知るのはボクが兄の問題で沖縄に帰ってからの太田からの電話だった。彼らの優勝祝宴会からの電話で「得点王」と「アシスト二位」をボクが貰った事もその時知らされた。話が唐突になってしまった。すいません・・・かんからに大事件が発生しました、その対策に追われると思います。今しばらくかんからのブログを封印します、この問題が型付きしだいもう一度再開いたします。そして最後に捨てる神あれば拾う神有り、人生一瞬先は闇なり。
(水)晴れ AM10:58
きつい鉄筋工の仕事をしながらも日曜日が来るのが楽しみであった。もちろんサッカーの試合もさることながら、その後の飲み会が何と言うか雲の中にいるようなふわふわとした感覚であった。いくら飲んでも酔う事ができず、あのような純粋な体験と興奮は二度とない。TEAM Zooのサッカーチームは素人集団の寄せ集めであったが勝敗に対しては厳しいものがあった。特に大竹さんは学生の頃国体選手で活躍されただけに厳しかった。「象はサッカーが一番で建築はその次だー」と叫ばれただけの執念と情熱をいつも披露していた。太田はさすがに大学までサッカーをしただけのプレイを見せ、いかにもバックス向きなプレイヤーだった。ボクはもちろん高校の頃と同じポジションのセンターフォーワードのトップの点取り屋、そして時には優しいパスを女性人にわたすアシスト役と変幻自在の活躍だった。この三人がサッカーの経験者で後は皆が素人衆という恐ろしい集団だったが、なんとボクがはいいったその年に「設計事務所リーグ」で優勝したのだった。しかし、その事を知るのはボクが兄の問題で沖縄に帰ってからの太田からの電話だった。彼らの優勝祝宴会からの電話で「得点王」と「アシスト二位」をボクが貰った事もその時知らされた。話が唐突になってしまった。すいません・・・かんからに大事件が発生しました、その対策に追われると思います。今しばらくかんからのブログを封印します、この問題が型付きしだいもう一度再開いたします。そして最後に捨てる神あれば拾う神有り、人生一瞬先は闇なり。
(水)晴れ AM10:58
Posted by かんから・カン 店長 at 10:58│Comments(0)