2011年04月21日
悲しい色やね No-2
一昨日一週間前に止めたGから電話が入り悲痛な声で「上原さん、明日とあさってバイトできないでしょうか。病院の検査があるのだがお金がなく悩みながらも電話してしまいました・・・」先日ブログに書いた3日店に出てその後もずっと休み続け、かんからを止めてもらった青年からの・・・青年と言っても46歳になるのだが・・・救済の電話である。「申し訳ないけど、震災の影響でお店もお客さんがいなくて困っていてバイトどころではない」そう言って心を鬼にして電話を切った。先月止めたT親子にしてもそうなのだが沖縄の料理人は今日一日のこと、目先の事しかしか見えない人達で溢れている。居酒屋を9年間やってきて多くの料理人達と接してきたのだが悲しいことに5年先10年先を夢見て行動してくれる若き料理人が余りにも少なすぎ逆に彼らとの間に埋めることのできない深いギャップを感じることがある。何故なのだろうか、やはり学問の性かも知れない。中卒の料理人が悪いとは言わない、中卒でも料理の世界へ入って大成した人を数多く知っている。料理に対して向上心を探究心を抱く青年におめにかかれないのが沖縄の現状である。強いて言えば料理人の先輩たちが悪すぎるの一言に尽きる。大和で修行した職人と沖縄のぬるま湯、しいて言えばお酒のことしか教えない甘ちょろい先輩たちのなかで修行した職人達とを比較して「天と地」ほどの差がある事に驚愕を抱く。以前にも書いたのだが「沖縄の料理界の世界が余りにも閉塞的」ということにも問題がある。師匠、あるいは先輩が黒といえば黒の世界であり、それに対して反論する事は何一つ出来ない恐ろしい世界である。ボクは彼らに反論したため9年前にはいった「模合」=「料理人達の会合」を首になったのである。しかし、悔いる事は何一つない。彼らに反論をしただけなのだが彼らからすると信じられない事だったのであろう。首である。
(木)曇り PM19:17
(木)曇り PM19:17
Posted by かんから・カン 店長 at 19:17│Comments(0)