2011年04月30日
泡瀬埋め立てを考える
4月27日の朝刊で信じられない記事を目にする。県議たちが泡瀬の埋め立て予算の獲得理由を「泡瀬埋め立ての予算が獲得できなければ東日本大地震の復興予算に回される可能性ありと言う某国会議員に指示され泡瀬埋め立て事業の予算が可決された」と言う。それに対し佐藤学沖国大教授の識者コメントとして「復興予算に金を回されないようにとの理由で埋め立て予算が進められたことを全国民に知られでもしたら沖縄県民は金を取る事しか考えてないことを攻撃の対象にされかねないことを非常に懸念する」と言う。まさにそうである。以前から埋め立て事業に大反対のボクでさえこの予算の獲得の仕方を聞いてみると恥ずかしいやら情けなくなり穴があったら入りたい心境である。東北の被災者達に顔向けできない恥辱である。かって守礼の邦と呼ばれた「琉球民族」のやる事だろうか、ただでさえ疑問の残る「埋め立て事業」に禍根を残してしまった。次世代の子供たちに残してあげたい美しい小生物達の宝庫である泡瀬の干潟を埋めたててまでも果たして「事業」として採算が取れるのだろうか。今でさえもゴーストタウン化している沖縄市市街地の復興、再生にこの予算の一部を振り分けた方が賢い予算の使い方だと思うのだが・・・そして、ウチナーンチューが自然=神を冒涜し始めたのはいつの頃からだろうか、ヤマトウのようなせこい国会議員になったのもいつの頃からだろうか、開発がいけないとは決して言わないが「乱開発」は決して行うものでないことを肝に銘じて欲しい。干潟は一度埋め立ててしまえば二度と元の姿に戻す事が不可能だという事を誰もが知っていながら何故に強硬な論理を押し通すのだろうか、これから「人口も減り高齢化社会へまっしぐら突入」しようと言うのに何を血迷ってしまったのだろう、某国会議員の「利権」がらみで埋め立てが実施されようとしているのだろうか。そして私達は「東日本の大地震」から何も学んでいない事を次は書きたい。
(金)曇り PM12:06
(金)曇り PM12:06
Posted by かんから・カン 店長 at 12:06│Comments(0)