2011年12月09日

2011年を振り返る No-4

「原発事故」の恐ろしさを日本人はこれからも身を持って感じさせられるだろう。この事故の後に某TV局が「チェリノブイリのその後」という番組を再放送をしていた。そこには未だこの村の住人が暮らし汚染された湖のお魚、汚染された土地の野菜を食べたりしているのであった。旧ソ連のことだから被害をこうむった住民に確たる情報を流すことも無かったのだろう。この村の多くの住民が癌に侵され死んでいったと言う。「保障」など論外の国だから弱い住民達はこの地を離れることもできず汚染されたこの土地でしか暮らすことができなかったのだろう。この汚染はいつになったら消え去るのか、100年後、1000年後。10年前に制作された番組だからその後の彼らのことを創造しただけで身が凍り胸が痛くなる。「私たちは彼らより恵まれた環境におかれている」と考えるのは早計である。この日本は莫大な借金大国であり、もしギリシャのように国が破産でもすれば誰が面倒を見てくれよう。ぼくはひねくれた性格ゆえ集団に溶け込むことができず、ましてや組織、国のことになると信用すると言うことよりも裏のことを考えるようにいつの間にかなってしまった。国がどんなに「原子力発電は安心です」と言えばこの裏にあることを考える。そのためには情報がいる、情報を手に入れるためには勉強しなければならない。そして、自分で自分なりの判断を下す。これからこの国がどのような方向に向かうのか非常に危惧し不安でならない。原発なんてこの島国国家には要らないのだが何をとち狂っているのか未だ「原発なんて安心です」と言う学者がいるのが不思議である。



Posted by かんから・カン 店長 at 13:04│Comments(0)
 
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