2012年09月04日
防災の日に思わされた
9月1日は防災の日であった。NHKでは朝から東海、南海地震が同時に起きた場合の死者が32万を超えることを想定したシュミレーションを何度も繰り返しつつ「この地震に備えた死者の数をどのくらい減らすことができるのか?」そのことに重点を置きながら番組を進行していた。ぼくが真っ先に危惧、異様を感じたのはどの論客人たちも「原発」のことに触れないことであった。もしこの地震で東海にある原発が壊滅的被害をこうむれば日本にどのような人的被害を及ぼすのか誰一人として口を挟まないことであった。「福島についでもうひとつ原発が人災事故を起こせば日本に明日はなかろうと思う」彼らはそれを知っているから「原発事故の問題」に触れなかったのではないのかと思った。地震と原発は別問題だと考えているとしたら彼らは「学者として、識者として」失格である。この国は今こそ「学者たち」の使命、品格が問われているときではなかろうかと思う。ぼくも「原発事故のもたらす影響」の知識に対しては無知の部類であろうが福島の現状を見ると全身が凍りつくのである。この狭い国土の日本、地震大国であるこの島国に55基もの「原子力発電所」をよくも作らせたものである。科学者はこのことをどう思うのだろうか、僕は、国民も、もし次の大地震で原発に被害が出るとこの国はどうなるのか、この国に未来はあるのかを知りたいだけである。9月1日の紙上には悲しいことに東海、南海地震の被害こそ想定していても「原発」との関連性を書いた記事はひとつも見つからなかった。自分の未来は、家族の未来は自分で守っていくしかないとつくづく思わされた「防災の日」になった。つづきます。
Posted by かんから・カン 店長 at 11:52│Comments(1)