2014年01月21日

書かなければならないこと

今日の紙面も名護市長選挙の結果の解説一色である。その一面に非常に気にかかる事実がボクの心を動かせてしまった。そう書かなければならないこと。これは県の紙上による記事ゆえ本土の大手資本による大衆紙ではおそらく取り扱うことのない事実ゆえその記事そのままを書き記したい。琉球新報の1面「民意再びー稲嶺氏再選」の中の一文である。「知事は告示後から連日名護に入り、活発に游説。昨年末、腰や足の痛みで東京都内の病院に入院し、退院時に1ヶ月の安静加療が必要と診断されていたが、選挙戦では車椅子や松葉杖に頼らず、小走りする姿まで見られた。ただ聴衆がほとんどいない游説も。」確かに昨年末、安倍総理との辺野古埋め立ての承認式で車椅子の痛々しい姿で臨んでいたのを全国に発信されたのである。そのときの一声がこれまたはらわたを煮えくり返す。「これでいい正月が迎えられる」己はバカか。ある友人がこれを聞き昼間お店に来てのお話。「ボクは仲井間さんと飲み友達だったのだがあれで縁を切ることにした」余談が長くなってしまった。車椅子姿がまったくの事実無根,嘘だったのである。「そこまでやるか、仲井真」の思いである。沖縄人は「純粋」そのものであり、大和人に比べてこれ以上売りのない「純情島人」なのである。とボクは自信を持って言う。それを彼は裏切ったのである。130万県民みなを裏切り、島を彼らに売り渡したのである。これ以上の屈辱があろうか、恥辱があろうか。話は変わり、沖縄人の「救いのお話」をもうひとつ琉球新報の32面から取り上げたい。「再選一夜明け稲嶺さんー登校児童にハイタッチー笑顔で日課の交通指導」そう稲嶺さんのカラー入り写真の一面である。その側に「子供一人ひとりに声をかけながら通学を見守る稲嶺進市長」と書かれている。ボクはこれを見て彼は辺野古の問題がなくてもおそらく再選されたと確信した。そうでなければこの世に神も仏もない。



Posted by かんから・カン 店長 at 12:18│Comments(0)
 
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