2015年01月15日

これも書いていいのか・・・

昨日18年ぶりに猫なで声を聞く。「設計工房大地の上原さんですか」「そうですけど、事務所はもう廃業しました」「読谷のYですけど覚えていますか」ドキッとしたけどこの声に確かに聞き覚えがあった。何と彼女はボクが事務所をたたむ一因の一つでもあったのだから。最大の原因はオヤジが肺がんとお医者さんに言われ「余命3年」と宣告されたことで将来の人生に不安を感じ一念発起して現在に至っている。その間、何ヶ月だっただろうか悩みに悩み苦しみに苦しんでの決断であった。 ただオヤジのがん宣告だけで居酒屋を始めたのではないことをここに書いておきたい。前置きが長くなりました。最後のボクの設計のお施主さんが彼女達「夫婦」であった。新聞の別紙の住宅設計コーナーでボクの設計した住宅を見てのご依頼であり読谷という遠方ではあったのだが承諾した。しかし現場が進むに連れ読谷へー現場ですがー行くのがいやになってきた。ボクの設計は特殊な造形をしており一度「この建物は見積もり不可能です」と建築会社から断られたこともあった。この特殊な建物をスムーズに進めるためにはどうしても頻繁に現場へ足を運ばないといけないのである。この読谷の現場は建築会社の監督の勉強不足もあったのだがこれに輪をかけてお施主さんのYさんの性格にも問題が大だったのである。詳細はかけないのだがあまりの問題の多さにボクの肉体と精神は異常をきたし「読谷」と聞くだけで身体が拒否反応を起こすようになった。確か3日に一度の割合で現場に通っていた。ここから読谷まで片道1時間半くらいだろうか。往復3時間である。さて彼女の電話によると天水タンクの水漏れがひどくどの業者にお願いしても断られるので悩んだ揚句ボクに対応してもらいたいとのことである。18年もたてば色々問題が起こるのが住まいである。まずこれを言いたい。そして今のボクは一日16時間もお店の為に働いておりーヨメのせいでーかんからは年中無休だし3時間もかけて読谷までいけるはずがないのである。そしていまだ身体の拒否反応はある。しかし、ボクは彼女に「時間をみて電話します」としか言えなかった。



Posted by かんから・カン 店長 at 11:01│Comments(0)
 
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