2015年01月21日

これも書いていいのか・・・其の-2

Yさんは電話の最後に「高い設計料をお支払いしたから最後まで面倒見て」この言葉がボクの喉もとの小骨となって今でも突き刺さっている。もう設計事務所を廃業したから敢えてここで設計料のことについて書かなくてもいいのだが。ボクは建築の設計とは芸術の一部と思っている。絵や彫刻等よりも大事なものと今でも確信している。何故か?住まいとは一生に一度しか一般の庶民は創れない、その住まいに一生お世話にならなければならない。だから簡単に知り合いに設計士がいるから彼に設計を委託する安易な人がボクには信じられない。この業界のことを知り尽くしているから。これもボクが設計を廃業した理由の一部でもある。だれそれの設計した家よりもボクが設計したら素晴らしい空間にー住まいーに住まわせる自信が今でもある。絵でも同じだがダ・ビンチの描いた絵と一応、プロと呼ばれている画家のお描きになった絵とは値段に雲泥の差、天と地ほどの差があるのは誰でもお解りだと思う。例えが超飛躍しているかもしれないがこれ以上の例えが浮かばないから申し訳ないです。つまりAさんの設計した住宅とボクの設計した住宅と設計料が同じかというと全く違うのである。読谷のYさんはボクが設計した住宅を見て設計をお願いされたと思います。完成してお喜びになったと思います。以前の増改築をする前の建売の住宅と比較してみて下さいと言いたい。何年前だろうか、知り合いが読谷で新築した住宅のお祝いがありそこまで行くついでにYさんの住宅の前で一時車を止め久方ぶりにYさんの住宅を眺めていたのだがやはり回りの住宅群と比べても異質なエネルギーの発散を感じたものである。玄関からYさんがお出になったものだからボクは何故か逃げるように車を走らせた。かんからのお客様も「上原さんは設計士だからこのような奇抜な居酒屋が創れた」とよく言われるのだが「いや違います。ボクだからこの地にこの居酒屋が創れたのです」と自慢げに言う。設計とは創造の賜物である。本当のところ誰彼もができるものではないのです。しかし今の世の中・・・。いやはやこれからどうなるのか・・・余計な心配ではあるのですが。



Posted by かんから・カン 店長 at 11:26│Comments(0)
 
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